活動レポート

「がれき受け入れ」問題を考えるには、まず事実に基づいて判断しなければ ――大船渡市、陸前高田市を視察――

2012年5月16日

 

現場の声を聴きたい!

いま、震災がれきの受け入れについて、復興支援として欠かせないとされているが、一方では、放射能に対する心配の声があがっています。

私は、被災地支援に三度訪れ、見渡す限りのがれきの山の中で、どうにかしたい。どうにかして差し上げたいと強い願いが沸き上がってきました。その時の思いは今も変わりません。

今回の視察を通して、現地の実状を確認して、復興支援として何が必要なのか、この目で確かめたいという思いで伺いました。

震災直後の早い段階から、震災がれき処理がはじまった大船渡市

初日は大船渡市を訪れました。一関市から一路大船渡市を目指して進みました。野や山の新緑が目に鮮やかで、田植えの始まった田園風景を眺めながら、すがすがしい風を感じて車を走らせました。しかし、川を遡って津波が到達したと思われる河原には、土砂が茶色く堆積し、瓦礫が積み上げられており、未だに震災の爪痕が残り、一気に被災地の現実に心が引き戻されました。

大船渡の町が近くになるにつれて、プレハブの仮設住宅や、仮設の店舗、「がんばっぺし」の看板が目立つようになりました。

所々に、仮設の商店街が作られて、ふつうの生活を取り戻すための復旧が進みつつあることを感じました。お店の少ない被災地では、必要な物を当たり前に買い物できることが、こんなに貴重で、特別なことなんだと改めて実感しました。被災地での生活再建には、商店などの生活基盤施設が欠かせないと思いました。

立地条件を活かしてセメント製造工程で再利用するシステムを確立

大船渡市に到着して、市の職員の案内で、震災瓦礫の処理状況について現地を見ました。

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阪神淡路大震災の時に処理を経験したという大阪の廃棄物処理業者のノウハウで、当事業者の社員5名を含む150人(内40人は緊急雇用)が処理に当たっていました。

大船渡市では、震災直後から、太平洋セメントへの受け入れが決まっており、早くから分別処理が始まりました。

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6月から太平洋セメントへ搬入が始まり、現在処理された約28万トンの震災廃棄物のうち、7万トンを太平洋セメントで処理したということです。がれき処理の進捗率は、37%と比較的進んでいるようです。

コンクリートガラ、木質、可燃ゴミを5センチ以下に分別し、セメントの材料及び燃料として再利用されています。

塩分の高い、衣類、畳などは、塩釜の広域処理施設で焼却処理されているということです。また、不燃ゴミは、北上市に埋め立て処分されています。

漁網・漁具などは、分別するために何年もかかると言うことで、埋め立てしかないということです。

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太平洋セメントでの受け入れがあることで、瓦礫処理は計画的に進んでいるということです。

雇用対策というにはあまりにも過酷な分別仕分け作業

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分別を手作業で行っているところを視察しましたが、防護眼鏡、マスクをつけ、全身を覆う作業着を身につけ、中腰で行う作業は、見るからに大変な重労働で、雇用対策になるといっても決して奨められるようなものではありません。農作業や漁業の仕事がない中で、やむを得ずやらなければならない被災地の現実に、胸が痛みました。

漁師さんは、海で仕事をする時が一番輝いている!

大船渡市議会の滝田議員の案内で、大船渡市の沿岸部も視察しました。

地盤沈下によって岸壁が浸水しており、再開している港は50センチ以上かさ上げしていました。

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ある港では、貝の端に小さな穴をあけロープにつるす「ホタテの耳つり」が行われていました。

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北海道で育てた稚貝を取り寄せ、大船渡の湾で育てると言うことです。今年の秋頃には出荷できるのではないかと言うことです。多くの犠牲を強いた津波ですが、唯一効果といえるものが、湾内の汚れをきれいしたたことだと言っていました。

水質が浄化され、貝の生育がよくなったということです。

やはり、漁師さんは海の仕事をしているときが一番生き生きとされていると思いました。復帰を希望される漁師さんたちが一日も早く漁を再開できることを願わずに入られません。

その日の夕方、陸前高田市に入りました。気仙地区にある旅館に泊まりました。

震災がれきは、取り除かれつつあるが・・・・陸前高田市を視察

震災がれきは撤去され、基礎のコンクリートだけが建物の痕跡を物語る

次の日、陸前高田市を視察しました。

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高田町にあった市役所から高台の地区に移されたプレハブの仮庁舎を訪ねました。

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被害の状況については、ふれませんが、議会開会中に被災し、多くの職員を失った中で、行政活動を続けるためには、県を始め他都市からの支援が欠かせないと言うことです。特に、技術系の職員が不足しています。

復興に向けての歩みは、復興計画が策定された段階

震災後、行政が復興計画案を策定し、案に基づき市議会が報告会を開催し、市民からの意見を集約して議会からの提案を行ったということです。そうした経過を経て、昨年の12月に議決された復興計画に基づいて、3年間の復興基盤整備機関、5年間の復興展開期間を計画し平成30年度までの8年計画となっています。

現在のところ集団移転計画が、約20集落で具体化していますが、津波被害を受けた2000世帯すべての高台などへの移転計画は、まだまだこれからと言うことです。

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がれき処理は、今後の課題

また、市街地でのがれきの撤去は進んでいますが、公共施設については、自己財源で解体しなければならなかったことから、全く手が着けられていませんでした。
年を明けて、国がようやく95%の補助、5%の交付税措置を補正予算で計上したことから、この6月から解体工事にい着手する事になったということです。総事業費70億円です。

陸前高田市では、市の直面する課題は、被災者の生活再建が最優先で、がれき処理は、大船渡市と同様に太平洋セメントでの再処理が実施されていますが、進捗度では、8%という状況です。

市長は、震災直後、廃棄物処理施設を設置し、独自処理を検討したこともあるが、廃棄物処理の手続きの煩雑さ、独自財源の捻出が難しいこと、処理完了後役割を終えた施設の使い道がないことなど、市単独での処理は難しく、断念した経過があることが説明されました。

当初、環境省の試算で、92万トンとされていた震災がれきが、田圃などへの堆積土砂を加えて、合計約150万トンと大幅修正されています。ただし、これには公共施設の分約9万トンが含まれていませんので、今後さらに増えることが予想されます。

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太平洋セメントでの再利用というシステムが稼働していること、優先度では、生活基盤再建が第一で、震災がれきの処理の優先度は低いこと、具体的な震災廃棄物の数量と内容の把握が、あまりなされていないことなどから、大船渡市や陸前高田市では、震災がれきの問題の議論は、二次的な課題という印象でした。

いつまでも震災の心の傷が癒えない精神衛生上の問題や、出来るだけ早く処理されることによる土地利用計画の促進の面から、広域処理していただけるとありがたいとも話していました。太平洋セメントでの処理が行えない三陸地域の他の自治体の事も含め、三陸全体の問題として、考える必要があります。岩手県が橋渡しとなって、交通整理する役割が求められています。

がれき処理は、支援のほんの一部にすぎない。視野を広げて、具体的支援を早急に進める必要がある。

被災自治体の優先課題としては、震災によって職員を多く失っていることや、震災後の都市計画、生活再建計画など、具体的な行政事業を進めていくために、課題が山積しています。

震災がれきの受け入れは、ほんの一部で、技術職員の派遣など人的支援や処理技術の提供支援など現時点で求められる自治体として支援はたくさんあります。

被災地を訪れて、いかに事実とかけ離れたところで、議論をしてきたのか思い知らされた。

現地を視察して、ありのままの事実を把握することの大切さを痛感しました。

その上で、巷で言われていることや報道されていることから、私たちが思い込み、とらわれている考えがいかに現実に合っていなかったか、被災者を傷つけることになっていたのかを改めて、思い知らされました。

東北は、わたしたちのふるさと。
傷つき、苦しんでいる仲間をほっとけない。

復興のために私たちが、本当に大切なことは何かを考え、何を選び、何を捨てなければならないのか、そして、私たちに求めれていることは何か、私達ができることは何かを真剣に考え、選択し、行動することが、本当の被災地支援つながると思いました。

必ず道はあると思います。オール オア ナッシングではなく、いろいろな条件の中で、それでもできることを考えながら、あきらめずに取り組んでいきたいと思います。