活動レポート

砂川事件に関する「伊達判決」と安保条約を考える集いに参加しました。

2013年8月30日

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故 坂田茂 元川崎市議の追悼を兼ねて開かれた学習会に、たくさんの人が参加しました。

私は、そもそも砂川事件について歴史で勉強した程度で、その本当の姿を知りませんでした。
米軍基地立川飛行場の拡張のための国の強制測量に反対する農民を中心とする旧砂川町住民の反対同盟と、それを支援した労働者、学生の闘いの記録映像を拝見して、胸に熱いものを感じました。

特に、割烹着を着た農家の女性達の姿が、強烈な印象に残りました。

政治的な立場とか、主義主張によるものではなく、先祖から受け継いできた恵みの土地を奪われたくない。ましてや、戦争で辛く苦しい体験をしてきたのに、再び戦争を進めるための基地として、先祖の土地を踏みにじられたくないというやむにやまれぬ思いから立ち上がったということを知りました。

先日亡くなった坂田茂さんが、反対闘争を支援していたときに米軍基地侵入の罪に問われ逮捕され裁判に掛けられました。しかし、「日米安保条約に基づく米軍駐日は、日本国憲法に違反するので、無罪」という「伊達判決」が出されましたが、しかし、異例の跳躍上告を行い、同年12月に最高裁が逆転判決を出しました。日米安保改定の直前のことでした。

実は、米国立公文書館で、伊達判決の直後から、最高裁で逆転判決を出すべく米国大使が日本の外相や最高裁長官と密約を交わし、圧力をかけていたことを示す文書が発見されました。その文書を解読し、報告されたのが川崎区在住の元山梨学院大学教授の布川玲子先生でした。
本日は、その内容について、初めてお話を伺いました。

電文の内容を説明され、生々しいお話を伺い、司法の独立性を根底から揺るがし、アメリカの支配が判決をも揺るがしている事実に、恐ろしさを感じました。同時に、アメリカという国は不思議だと思いました。このような密約が、公開されてしまうのですから。

砂川闘争のその後、測量を中止させ、基地拡張を断念させる結果を勝ち取りました。
「土地に杭は打たれても、心に杭は打たれない」という不屈の闘いに胸打たれました。
今日、学習会に参加できて本当に良かったです。