ちょっと一言

自己責任論がもたらした孤独からの解放

2009年5月21日

この間のいくつかの生活相談を通じて、感じていることがあります。
それは、相談者がだれにも相談できない孤独の中で、不安を抱え、展望を失っていることです。

ある60代の女性は、夫が病気を患い、仕事ができなくなった途端、収入が途絶え、年金もなく派遣で働く息子と3人では、医療費がかさみ、とても暮して行けないと追い詰められました。
「このままでは生きていけない。いっそ死んでしまいたい」と思い悩んでいました。
誰にも相談できず、思いあまって友人に問合せたことで、私につながりました。

相談を受けて、さっそく区役所に相談に行きました。
担当者に事情を説明すると、すぐに福祉制度の手続きを進めてくれました。すぐに、困難な状況から一部改善され、ほっとした表情で帰って行かれました。

「案ずるより産むがやすし」ですが、その相談に踏み出せない雰囲気があるのではないでしょうか。
以前は、「困った時はお互い様」と気軽に相談し合える関係が多少なりともあったように思いますが、自己責任論が蔓延し、困難に直面しても、切羽詰まるまで相談できない心理的な圧力が知らず知らずのうちに加わっているのではないかと感じました。

小泉構造改革が、日本経済を破壊しただけではなく、格差と貧困の中で苦しむ国民を孤立させる思想・風潮をまん延させました。

自己責任論がもたらした「孤独」
個々ばらばらにしてあきらめさせたほうが、為政者にとっては都合のいいこと。
これは今も昔も変わりません。

「困った時はお互い様」「苦しいのはあなただけではありませんよ」「共に力を合わせて乗り越えましょう」と声を掛け合い、力を合わせることが求められています。

私たちも、全てをかなえることはできませんが、ともに寄り添い力を尽くしていきたいと思います。
そして、人が人として当たり前に暮らせる社会にするために、弱者切り捨ての政治を変えていきたいと思います。