ちょっと一言

阪神淡路大震災が発生して、19年。

2014年1月17日

私は、当時26才で幸区の現場で大工仕事の準備をしていました。ラジオから聞こえる「神戸の街が大変なことになっています」という声に、居ても立ってもいられない思いになりました。3月になったある日、組合からボランティア募集の呼び掛けがありすぐに応募しました。
尼崎市で、戸建て住宅の屋根のシート張りを手伝いました。住人のおばあちゃんから「おおきに。本当にありがとうございます」 と手を握られたとき、涙がこぼれました。神戸のまちは、焼け焦げた臭いと霞がかかったようなどんよりとした感じで、重苦しい空気に包まれていました。
「○○は、亡くなりました。○○と○○は、無事です」という焼け跡に残された小さな立て札を見て、立てた方の気持ちを察し胸が締め付けられる思いがしました。

6434人の方は、私たちに多くの声なき声を残しています。明日に繋がる教訓を残しています。その声に耳を傾け、教訓をいかさなければ、失われた命に申し訳ないと思います。いつ来るかわからないが、必ず来ると言われている首都 直下地震に備え、一人でも多くの命を救うために、今からできることに全力を尽くしたいと改めて心に刻みました。