活動レポート

「子どもの居場所を考えるつどい」を開催して

2016年12月13日

昨日12日、子どもの居場所を考えるつどいを開き、司会を務めました。

1部は、ドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」を上映しました。何気なく映る日常の子ども達の姿。しかし、映像が進む中で、それぞれの子ども達が抱える家庭環境の厳しさ、釜ヶ崎という地域が抱えてきた現実の重さが徐々に伝わってきました。この地域だからこそ、「こどもの里」は生まれてきたことの必然性を感じます。

映画の中に流れるラップ調の曲が、いまも耳ついて離れません。

荘保共子さんが、困難を抱えた地域でありながら瞳輝く子どもたちの姿に心を動かされ、子どもの居場所を作りたいと考えたこと、
たった一人の子どもを助けたいと思いから、いろいろな事業につなげてきたこと。荘保さんの心の磁石の強さを感じました。

こどもの里で働く職員の温かさ、厳しい条件をせをわなければならなかった人たちを丸ごと受け入れる場所があるということの大切さ、つまり、こどもの居場所とは何かを教えてくれました。

また、釜ヶ崎で冬場に行路死を防ぐために、始まった夜回り活動に、「さと」のこどもたちが参加している姿が映りました。野宿生活を送らなければならない人たちに対して、その人たちが社会を発展させるうえでどのような役割を担ってきたのかを学び、子ども達が「夜回り」を人を人として大切にすることを学んで成長していく姿に、私自身学ばされました。

2部は、同映画の舞台となった大阪・西成区のNPO法人「こどもの里」理事長の荘保共子さん、桜本の「ふれあい館」社会福祉法人・青丘社職員の鈴木健さん、川崎市の子ども夢パーク所長でNPO法人フリースペースたまりば理事長の西野博之さんです。3名のスペシャルトークは、珠玉の時間でした。

印象に残ったのが、外国籍のお母さんと、国籍のない8人の兄弟の現実。こどもの里でかろうじて支えられ、成長していく姿。

映画ではわからない厳しい背景が語られました。

そして、生きずらさを抱えて生きてきた子ども達。家出する子ども。暴力に訴える子ども。薬に手を出してしまう子ども。

子ども達の行動は、自分を守るためにやる行動だということ。心が壊れそうなのをようやく保っている。そう受け止めようと思ってから、「さと」に泊めてといわれてその理由を聞くのを止めた。家出するには家出しなければならない重い現実がある。だからこそ、泊まりたいという子は、無条件で受け入れるようにしている。

子ども達は、心の傷を「さと」では「遊び」で癒している。

こどもと親は一緒に暮らせるほうがいい。でも、暮らせない家庭もある。「さと」が受け皿になって一緒に居られる環境が作られている。また、どうしても親と離れなければならないとき、児童相談所に入所すると、子ども達は友達からも話され、今まで育った環境からも離されるのが普通。しかしここでは、「里」で暮らせることで、親と離れなければならなくても、今まで暮らした地域からは離れなくて済む。友達からも離れなくて済む。これは大切なこと。その子を孤独にさせないということで、大切なことだということ。

「こどもは被害者。なのに、被害者が児相に行く。子どもが暮らしているところに制度を作ってほしい」という言葉は、印象に残りました。

また、私たち大人が2つの見方を変えてほしいということも言われたことも印象に残りました。

一つは、自立観のために子どもが苦しんでいる。人に迷惑をかけるなというが、人に迷惑をかけずに生きることはできない。自立とは何でも一人でできることなのではなく、助けてといえること。いろいろなところに助けてといえること、他者に依存できる力をもつことだということ。「助けてといえるまち」

二つ目は、子ども観 子どもは、未熟で半人前だと思っている。でも、子どもはすごい力がある。「子どもはすでに人間である」ということ。

荘保共子さんは、たった一人の出会いから、「その子の為に」と事業を拡大していったということでした。一人ひとりが、たった一人でいいからその子の為にと立ち上がったら、参加した人数だけ、子ども達が救われる。

行政には、もっともっとお金と人をかけてほしいということが要望されました。

司会者だったので書ききれない部分もありますが、目から鱗のお話でした。