活動レポート

宮城県気仙沼市の被災地支援に行って(その2)

2011年5月23日

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私たちが派遣された気仙沼は、バス路線が地震や、津波で寸断されたところや、スーパーが津波で流され、買い物が不自由になっているということでした。

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現地では、届けた物資をトラックから、軽トラックに積み分けて、集落の広場などに届け、地元の秋山共産党市議の宣伝カーで被災者に呼びかけ、広場に集まってもらい支援物資を配る作業です。

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新鮮な野菜や果物、加工肉製品などたんぱく質、米、また、トイレットペーパーや紙おむつ、生理用品、タオルケットやタオル、それから長靴が喜ばれました。

瓦礫の撤去で長靴はすぐ傷んでしまうようです。

集落ごとに届け、呼びかけるとあっという間になくなってしまいます。

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さて、現地の様子は、テレビで見ていましたが、見渡す限りの瓦礫の山で、大きな漁船が折り重なって打ち上げられている光景は、言葉にならないほど痛ましいものでした。空襲で爆弾が落とされたみたいだと言う方がいましたが、まったくその通りでした。

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辺りには、焼けたゴムのにおいと、腐った魚のにおいが混じった異臭が立ち込めていました。

しかし、気仙沼の人たちは、一日一日と瓦礫を撤去し、残った商店では瓦礫を片付け、きれいになった店で営業を始めていました。私は、絶望しても不思議ではないあの震災の被害にめげることなく、普段の生活を取り戻そうと懸命に取り組まれる姿に、私達の方が励まされ、勇気をもらいました。clip_image0024_thumbclip_image0026_thumb1

皆さんの努力が積み重ねられて、いつの日か気仙沼が、かつて以上の賑わいを取

り戻されることを心から願わずに入られませんでした。

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(気仙沼上空に現れた虹のようなもの 5月3日11時9分 佐野撮影)

被災された皆さんは、一様に穏やかで明るく家族を失った悲しみの表情に暮れたり、震災の理不尽さに不満をもらしたりせず、かえって、私たちを気遣われるほどでした。気仙沼の皆さんは、辛抱強いとも感じました。

でも私は、家族を失い、家や財産を一瞬にして奪われた現実を思うと、気遣われているその奥にある被災者の胸の内に思い至らせ、切なくなりました。